アバドは、トスカニーニの練習でのオーケストラに対する癇癪ぶりに批判的で、
フルトヴェングラーへの傾倒をおおっぴらに公言していますね。
でも、フルトヴェングラーのような演奏を目指しているとは100%思えない。
ムーティにしても、トスカニーニのやり方を真似ているわけではないでしょう。
そういうものじゃないでしょうか。

余談ですが、バレンボイムは、フルトヴェングラーへの尊敬の念を常日頃から口にする
ばかりか、実際の指揮においてもフルトヴェングラーの解釈を明らかに意識している。
こういう例の方が珍しいのではないでしょうか。
個人的には、バレンボイムの場合、有り余る才能によって本来の自分には無い要素を
無理やり演じているように思います。それでいてあれだけ指揮者として大成している
のですから、ものすごい能力を持った天才と言わざるを得ません。
才能だけならアバドやムーティより上じゃないかな? (好きではないですけど)