>>19
膨大な枚数を団が買い取ったから。
確か、LP(アナログもあったのです!)CD合わせて1人20枚位ノルマで買わされました。
コーディネートは田中雅彦と、当時日本からDGに行っていた千勝氏によって
行われました。

田中雅彦の巧妙なところは、例えばDGからのCDリリース以外にも、
ムジークフェラインザール、カーネギーホール等この業界で超一流ものばかりを
ブッキングし、アマオケにトップクラスのステイタスを付けさせる一方で、
学生から可能な限りの金を巻き上げること。DGからのCDリリースはさすがにコネがないと
難しいが、それ以外のムジークフェラインもベルリンのフィルハーモニーも
カーネギーホールもお金を払えば誰にでも貸してくれるわけで、借りるのが難しいわけではない
事実、日本の他の多くの大学オケやアマオケが海外公演をやっている。
アメリカにおけるマネージメントは悪名高き!?CAMI。
ワセオケの学生の小遣いは、ユダヤ人にも吸い取られているのです。

ツアー代金は1989年のWTで150万円。財務担当が為替レートの読みを誤ったとかで、
その後追加徴収20万円。しかし、団員はきちんとした決算書を見るどころか、
領収書さえも貰っていない。それは、何故か?
裏金として田中雅彦の懐へ消えているからである。

他大学の海外演奏旅行は、殆どが数公演で個人負担も数十万円。(慶應ワグネルで30万円)
しかし、ワセオケは回を重ねるごとにどんどん規模を拡大。懐に入ってくる金額も
どんどん増えたことだろう。しかし、田中雅彦は1989年末「引退」を宣言する。
しかし、これは本当に引退するのではなく、これ以上表立って自分が動いていると危険であると、
察知したからである。事実、2004年春になっても相変わらず顔を出している。