輸入盤が関税でシャットアウトされ、国内盤中心に音楽ソフトが流通していた時代は、
音楽についての情報そのものが一方通行的かつ権威主義的であり、
レコード会社など大手資本と結びついたメディアがその後押しをしていた。
ソフトの価格自体が再版制度により高く維持されているので、
消費者も何らかの権威によりかかって商品の選択をせざるを得ないという状況があった。

で、輸入自由化により、音楽ソフトは多様化、低価格化し、
我々は自分の耳でさまざまな情報を実際確認できるようになった。
クラシックの場合、さまざまな演奏に触れることで
それまで権威とされてきた批評の無意味さも理解した。
つまり輸入盤により、やっと日本人は音楽の選択の自由と多様な価値観の多様化を手に入れたわけだ。

Jポップは輸入盤の恩恵を被っていない。
未だ高価格が維持されることで、消費傾向は極めて保守的。
つまり「売れていてみんなが知ってるもの」への偏重があり、
わずか数名のアーティストが市場を独占している。
「レンタルを利用すれば多くの音源に触れる機会があるはず」は、
机上の空論だ。
実質、レンタル店の品揃えは大手が握っているのだから。

まあこれからそうした状態へ、我々は舞い戻ろうとしてるわけだ。
今、享受している価値観の多様化を担って来た輸入屋さんたちは、
みな犯罪者にされようとしているのだから。