>>778
あー質問ですか。

チャイコフスキーあたりの伝記的な読み物を読んでいると、あの時代の人は
「音楽はメンデルスゾーンで完成されちまった」と理解している教師に
習った、という言い方がされているのです。1850年代には、そういう意識が
普通にあったのだろうか?ハイドンの「ロンドン」が発表されたときに
新聞は「50年はこれを超える交響曲は出ない」と書いたそうだが、
そんな空気があったのだろうか?