ハロルド・C・ショーンバーグ著「ピアノ音楽の巨匠たち」において
モイセイヴィッチが高く評価されていました。

『レシェティツキーの弟子の中で最も華々しかったのは、同じ頃やって来た
 イグナーツ・フリードマンとベンノ・モイセイヴィッチだった。・・・・・・・

 モイセイヴィッチは1890年、オデッサに生まれ、1908年英国に居を定めた。
 レシェティツキーのもとへ行く前、9歳のときオデッサでルービンシュタイン賞を得た。
 彼はリサイタルですぐに優雅なピアニスト、"天性の"ピアニストと認められた。
 天性という意味は、ピアノは彼が腕と手を伸ばした範囲にあり、
 彼は緊張も格闘もせず、平然とピアノを弾いたということである。
 モイセイヴィッチは、極めて精巧で流れるように弾く抒情的なピアニストだった。

 ラフマニノフは彼を自分の音楽の後継者とみなし、
 モイセイヴィッチが自分の曲を弾いたとき、その弾き方にひどく心を打たれた。
 後年モイセイヴィッチの非常に優れた技巧も少々落ちた。
 しかしその演奏にいつも生気を与えていた繊細な音楽的衝動は衰えることはなかった。
 レシェティツキーの多くの弟子同様、その曲が実際にロマンティックな時代に演奏されたと同じように、
 ロマンティシズムの最後の跡をとどめた演奏をした。
 それは柔軟で、絶えず旋律を歌い上げ、内なる声に心を傾け、音符には自由に対処することを意味する。
 モイセイヴィッチの場合、自由がいつも立派な音楽性によって和らげられてた。』