ショスタコはヘビーで難渋で芸術的に密度の高い曲を書く一方、
軽くて誰にでも分かりやすい音楽も重視してたはず。
「質の高い軽音楽」を書きたいという欲求はあったと思う。
革命後のロシア、ソ連ではクラシック音楽の位置づけが西側と違って微妙に
娯楽方向にシフトしていたからね。芸術方向にシフトした西側とは感覚のズレがある。
ショスタコも「大衆向けの質の高い音楽を供給しよう」という革命後の
機運の中で育った世代には違いないんだし。

アシュケナージの見方は西側知識人にヘタに影響された陳腐な見方に思える。