>>643
アルペジォーネ・ソナタについては、鈴木秀美のチェロ・ピッコロを用いた面白い録音があり、
そのライナーには、実際に鈴木氏がアルペジォーネを弾いてみた感想が書かれてあったよ。
それによれば;

「私が実際にアルペジォーネを借用して練習してみた結果は、残念ながらシュースター(引用者注:
アルペジォーネの発明者・シュタウファーの友人)の言う音楽的表現力からは程遠いものであった。
と言っても、ライプツィヒの博物館にあるシュタウファー製と言われる楽器を実際に弾いたわけではなく、
あるコピー楽器で練習したのだから、音質や表現能力等については当然割り引いて考えなければなら
ないが、「オーボエやバセット・ホルンのよう」な音色は美しいものの、音量や表現の幅は非常に限られ
ているし、「音程を確実にする」フレットは金属であるために何の微調整も出来ず、特にハイ・ポジション
では、曲中で避け得ない開放弦の僅かな狂いが殆ど演奏を不可能にする。当時の愛好家・知識人たち
が集ったハウス・コンサートのようなものならとにかく、現在私たちが慣れ親しんでいる演奏会の形態での
実用に耐えるとは言いがたいものであった。」

また、佐々木節夫氏の文章によれば、1974年にアルヒーフからアルペジォーネとフォルテ・ピアノで演奏
した録音が出ており、鈴木氏の録音に文章を書くことになったので、改めて聴きなおしてみたが、あまり
いい印象を持たなかったようです。

ところで、純粋に音楽としての感興を求めるなら、楽器の選択は個々の感性の問題だという意見は、
聞こえがいいですけど、上に紹介した録音を聴き、解説を読めば、それは間違いであることがわかり
ますよ。643さんが言っていることは、理屈のうえでは「作曲者の意図を理解しつつ感興を求めるか、
それを気にせずに感興を求めるかは個々の自由(勝手)」ということなのですが、それを貫くとどう
なるかということが、鈴木氏の録音を聴くと、よくわかります。

問題は、モダン・ピリオド楽器の選択ではなく、作曲者の意図に近づきやすい選択が、結果的に
どちらのカテゴリーに入る楽器であるか、なんだろうと思います。作曲者の意図から離れても
いいという考えも、もちろんありですが、それと楽器の選択は全く関係ないんじゃないでしょうか。