80年代半ばまでの両団体の対立は本当に酷かったね、協会の幹部が連盟主催
のコンクールを糞味噌に批評しそれに連盟の幹部が噛み付いたり、協会が初め
てコンクールに賞金を出して「画期的だ!」って評されると連盟もすかさず
東京国際に名称を変更して同じく賞金を出すようにしたり
商品に提供される楽器にしても連盟のほうが河野賢氏にすると協会のほうは
反河野派の大御所中出半蔵氏を持ってくる等(分裂前は両氏とも同一コンクール
に楽器を提供)
不毛な対立が終焉したのは、春の新人賞で2位だった斉藤明子氏が暮れの
東京国際で優勝した1987年かな、それまでどちらかといえば格上意識を持っていた
連盟が協会の2位入賞者をしかも同一年に1位にしたんだからちょっとした
驚きだったね、翌年に小原氏が引退すると連盟は「ギタールネッサンス」を謳って
門戸を広く開放し協会の人の中にも連盟に加入する人が出始めたって話だね