ヨーゼフ・クリップスは1902年ウィーンで生まれ、ウィーン音楽院で学びさらにワイ
   ンガルトナーのアシスタントとしてウィーン・フォルクスオパーで指揮者デビューした生粋
   のウィーンの指揮者です。

    大戦中はユダヤ系のために追放されウィーンを一時期離れましたが、戦後はウィーンに戻
   って復興に寄与するも次第に活動の場をロンドンやアメリカに移していったようです。また、
   地味で強烈な個性がなく伝統的な指揮者のためか顧みられることのない存在との評価もあり
   ますます気になってしまいます。

    記録によると1968年4月にサンフランシスコ交響楽団と初来日し、東京や大阪で演奏
   会を行っています。クリップスは結局この来日が最初で最後となってしまい1974年10
   月に享年72才で亡くなっています。

    この時期はコンセルトヘボウとのモーツァルトの交響曲集が録音されていたとのことなの
   で、今度は是非ともモーツァルトの交響曲を聴いてみたいと思っています。

    一般的な評価として、ロンドン交響楽団が不況とともにその存在を脅かされた時期にヨー
   ゼフ・クリップスが首席指揮者に就任し、第二次大戦で落ち込んでしまった演奏水準を引き
   上げたとされています。

    また、総括的にはウィーン国立歌劇場とロンドン交響楽団という二つの団体を再建したも
   のの、彼の評価が正当に行われているかというとそうでないと言わざるを得ない点が多くあ
   るようです。これは、このヨーゼフ・クリップスが持った宿命だったのかも知れません。