俺は昔ヨーロッパをバックパックしながら各国のオケの演奏会を聞きまくったが、
日本のオケのほうがよほど上手いと思うほどトホホな演奏が多かったよ。
フランスやロシアの田舎オケのみならず、ロンドン響やパリ管でも木管が全員落ちたり、
金管がぼろぼろにミスしまくるのは日常茶飯事。音がなくなってしまったりとかね。
オケか氏は外国のオケ水準の高さを引き合いに出して地元のオケを貶めようとしているが、どこもそんなもんだよ。
まさかCDだけを聞いて「ヨーロッパのオケは上手い」と信じているほどおこちゃまではあるまい?

で、ここからが(日本と違って)大事なことなんだけど、地元人はそういった演奏を聞かされながらも
「しようがないなあ」と思いながら暖かい目で見守っているんだな、これが。
日本みたいにミス一つしたからって批判一色になって憎悪をぶつけることはない。
ヨーロッパはサッカーも盛んだけど、地元民は強さや結果だけを求めずに、地元のチームを誇りとして慈しみ、共に生活している。
オケも然り。上手さとかミスしないとかいう結果だけではなく、オケが彼等地元民と一体となって活動している
という事実のほうが重要なのだよ。

サービス従業員のようなオケ奏者と、上手い演奏を当然のように求めて演奏の出来に一喜一憂する観客の関係が
成立してしまっている日本の実情のほうが俺は問題だと思う。つまり商業主義なんだな。

オケか氏のような聞き方しか出来ない、オケとのコミニュケーション意識のないリスナーが減らない限り、
日本には「地元オケ」という文化は根付かないんだろうな。
外国から一流の舶来オケだけ呼んでいればいいんだから。
それで観客のニーズは満たせる。「オケ=舶来文化」という意識とともに。