一番理想的なのは、指揮者も奏者も聴衆も大満足することだろう。
巷間聞くところのマタチッチ&N響のブル8なんてこれだろう。ただ滅多にないだろうが。
では最低なのは指揮者も奏者も聴衆も不満足な演奏会か。
どちらかというと、指揮者一人が満足で、奏者も聴衆も不満足、な方がタチが悪いだろう。
しかし、実際は聴衆も、それから奏者も多数の人間の集まりなので、
それぞれに満足度が違うというのが一般的だろう。
宇宿の場合はどうか。
聴衆は、チケットが完売することがあったり、「宇宿允人の世界」があれだけ続いているのだから、
ある程度の満足は得られていると考えるほうが妥当だ。
奏者は、練習で罵声が飛んだり、ギャラだってそんなによくなくても、
毎回七、八十人からの人間が集まるのだから、全員が不満足とは考えにくい。
わたしゃ、指揮者が奏者をないがしろにするのも、奏者が指揮者をそうするのも良くないとは思うが、
少なくとも練習の上手い下手というのは、聴衆にはあまり大事なことではないと考える。
>>257さんの意見は、どうも「木を見て森を見ない」の類のように思えるのだが…