>>168
ヨハン(子)とリヒャルトに決まってるじゃん(父シュトラウスに声楽曲ないでしょ)。
最近若手評論家の間ではヨハンをウィーンの陳腐な観光土産としてくさすのが流行りだが(ホントみんな判で押したように)あれは本来19世紀のポピュラー音楽だからね。
ブラームスやワーグナーがことあるごとに絶賛したのも自分たちと違う分野の人として見ていたから。
ただ、マーラーははっきり解釈者としてヨハンに接したし、リヒャルトは「ばらの騎士」のオックスワルツにヨゼフ・シュトラウスのワルツを引用したように、このへんからクラシック音楽として遇されるようになってくる。
もちろん、そんな仲間入りは認めないといえばそれまでだし、退屈に演奏しようと思えば、また退屈に聴こうと思えばいくらでも退屈になる音楽であることは確かだ。
だが、誕生の経緯とその後の経過はモーツァルトのサロン音楽と同じだと思う。