このスレでも何度か出てきたヨアヒム・カイザー『ベートーヴェン 32のソナタと
演奏家たち』、ところどころ原文と付き合わせて読んでみたけど、ちょっと訳が
ひどいじゃなかろうか。例えば「月光ソナタ」についての一節。(中・67頁=原書S.253)

われわれはいつしかこのソナタの並はずれたところにも馴染んでしまって、この嬰ハ短調の
夢魔がじっと居据わって、いつ爆発するかわからぬような切迫感にしても、それなりの明晰な
それとはっきり感じ取れるだけの形式をもち、そのラプソディー風ありありの面が少しも
損なわれていないのを、べつだん奇蹟とも不思議ともいえないかのようにおもってしまっている。

試訳:われわれはいつの間にか、このソナタの通常ならざるところに慣れてしまっている。それ
ゆえに、この嬰ハ短調の悪夢がもつ剛毅で爆発的な切迫感が、相当に明確で明晰な形式を有している
ことを、しかもその形式のなかでラプソディー風の率直さが少しも失われていないことを、特に
不思議に思わなくなっているのである。

許容範囲なのかなあ。深田さんといえばホフマン全集訳してたりする手堅い研究者なんだけどねえ。