453の文脈からするとボスコフスキー云々の話は
「欧米では評価されていない」に対する反論だろう。
耳で判断するとか、それは関係無いんじゃないのかな。
自分の耳での評価≠欧米での評価ですから。
ウィーンフィルの奏者に敬愛されたということは、評価は高かったんだろう。
権威はあったと考えるのが筋。

それとも456の耳での評価は絶対的なもので、あまねく世界全体に
普遍的に通じる評価なのか? もちろん違うと、分かりますよね?

何か議論をぐちゃぐちゃにしたがってる人がいるように思えるのは気のせいか?

個人の評価と、全体の評価を混同して語っている人が多いような