>クラシックの、無駄に「お堅い」雰囲気は、どうにかならないものでしょうか?

俺もなんとなくクラシック音楽に関わって生活してきた部分があるけど、
(いまも俺自身、仙台国際を聴きにいく程度にはクラシック音楽ファンだけど)
自分でふと「あ”−−−」と、恐ろしい想像を呼び起こす実感をしたことがあって、
クラシック音楽にお金を注ぎ込むファンって、本当に音楽が好きなんだろうか、
と、疑問に思わせられることが、一度ならずあった。

 クラシック音楽のファンは、音楽そのものが好きなのではなくて、
 「クラシック音楽に付随する何か」に、引き寄せられて、ファンなのではないか。

具体的にはつまり、

 ・権威
 ・ハイソな雰囲気
 ・ハイソな知性を醸し出す情報
 ・休憩時間のロビーでの交流
 ・演奏会に行く服装などのコーディネートの楽しみ

 ↑こういうことが、音楽そのものを楽しむことよりあきらかに優先する人たちが、
 利潤を生み出さないクラシック音楽のスポンサーとなって、たくさんお金を使っているとしたら、
 クラシック音楽界に付きまとうある種の雰囲気は、ある程度どうしようもないものに思います。

まあ、だとしても、俺は今回、セミファイナルの一部だけど、仙台国際聴いて、
いいもの聴いたなあ、と、今でもその余韻と、思索にふけることができて、幸せは幸せだ。