80年代あたりまでの朝比奈はインタビューの言葉とは裏腹に彼なりに管弦の
バランスを計って指揮していた。解釈の好き嫌いはともかくきちんと指揮者
として機能していた。90年代あたりからその機能面に齟齬が出始め、当たり
外れも出始めた。しかし、それ故に特殊な自由度の演奏が展開され、当たれ
ば桁外れの名演が誕生した(しかしその「名演」は許光俊等の朝比奈嫌いに
は耐えられない種類の物だろうが)。年齢の事も含み朝比奈が神格化され始
めたのもこの辺か。
エクストンに録音を始めた最晩年の頃は、もう90年代の外れの演奏がさらに
助長されたような、放埓な物となってしまった。演奏の大枠さえ決められな
い茫洋とした、全く指揮の体を為さない棒振り、しばしばスコアを読み違え、
オケは大事故を頻発。にも拘らず人気は鰻上りでそれ故に多くのアンチ朝比
奈を生み出し、信者とアンチの激烈な抗争が勃発した。
最晩年の演奏で聴ける演奏となるとラストのチャイコフスキーくらいであろ
うか。朝比奈云々よりも低下していたオケの士気が、この時は80年代のテン
ションに上がっていた。テンションだけで低下したテクニックをカバーし切
れるわけでは無いのだが・・・。