「第二」は、まず、「ヴィーン博覧会」でブルックナーが指揮して好評だった
ので、そのときのオケのヴィーン・フィルに献呈しようとしたが、断られた。
リストは、献呈のために閲覧してもらっていた筆写譜を、彼がホテルで忘れ、
ブルックナーの手元に戻されたので、ブルックナーは怒って取りやめたとか。

「第三」、全く異様にはっきりしている。
リンツの職人に献呈用カリグラファー(凝った装飾のある献呈のページ)を
作らせたブルックナーの手紙が残っている。III/1にはその写真も
掲載されている。

「第四」Sr.Durchlaucht, dem Prinzen Constantin Fuersten zu
Hohenlohe-Schillingsfuerst in tiefster Ehrerbietung gewidmet

だんだん献呈先が偉くなってるな→真理!