初渡米のリヒテルと共演した時に喧嘩し、コンサートでは指揮者とソリストが
お互いを完全に無視しあった(いったいどんな演奏になったんだ??)。
その後、ライナーは「あのバカと演奏するのは御免だ」と言い放って、
ブラームス第2コンチェルトの録音を拒否した、というのも有名な話。

泡を食ったRCAはピンチヒッターにラインスドルフをつれてきて、
やっと録音を終えた、というオマケ付き。
(そのためにラインスドルフはライナーの怨みを買い、秘かに狙っていた
 ライナー後任のシカゴのポストをふいにした、という話にまでなると、
 いかがわしすぎてどこまでホントかどうかわからなくなる)

なんてやつだ、と言われれば確かにその通り。
しかし、そのトンでもないトラブルメーカーが創り出した音楽が、
空前絶後の超一級品揃いであったこともまた事実。

>>380
ストラヴィンスキーはライナー指揮シカゴ響を激賞していたともいうよ。
やっぱ、大作曲家だけに大人(たいじん)なのかね。