これが最後にしておくが、
神経質というのは別に批判じゃないぜ(ブル演奏に関してはそうだけど)。
音楽の持っている劇性と影に鋭敏(過敏)に感応かつ極端に表出するという
特質は北独的なフルトヴェングラーの知性(精神性などというとややこし
くなる)のあらわれで、かつ長所だといっているの。第一次大戦後のワイ
マール文化に典型的な表現主義の特質でもある(クレンペラーではそれが
逆のあらわれ方--情動を押し殺す「魔術的リアリズム」=ノイエザッハリッ
ヒカイト、をしている)。南独的なクナには全然ない(フルとクレはモダン
だが、クナは違う)。それが「感じられない」のはフルの演奏が分かって
ないということだよ。大体緊迫感ならクナにも十分あるわけだし。でもその
質が違う。
ま、日本では表現主義なんていわないし(クラ聞いて いるのは近代美術や
文学知らないの多いからね)、ロマン主義かモダンか なんて素朴な分類し
かしない(トスカニーニやカラヤンがモダンで、フルはロマン的だとかね!)
から仕方ないけど。