「間」というものが何を指しているのかよく分からないが、
あの独特の「転び」のことを言っているのなら、私にとってはそれが一番
堪えられない部分でもある。
現代的な音楽教育を受けた者なら、最初に転ばないことをたたっこまれる
訳ですから。

概して古い録音について特に言えることだが、妙にスケ−ル感のない音階
(日頃の奏法になれてしまっているのか汚い)、和声をおうだけで構築性
の見えてこない曲作り、不必要で恣意的なテンポの揺れ、
何をとっても「ゆがんだ真珠」の「ゆがみ」を具現しているだけで、それが
「=古楽」だというのならナンセンス極まりない。バッハが新しい楽器と常
に接触し、平均律なども踏まえていく姿勢が、彼の演奏からは感じ取れない。
(これは当たり前のことで、演奏の姿勢は時代の流れを逆行して、ピリオド
を体現することにあるのですから)
平均律1のc-durのプレリュードを聴いても、単純な和音をアルペジオにし
て全編通すことの目的が、放棄されている。何の意味があるのだろう?

デビューした頃のホグウッドもしかり(古典調律をうたったものなど、ある
意味でこれは致し方ないと納得はしている)、無名はいくらでもいるが、極
端なことを今でも続けている無名の大御所を一人上げてフラー。
後者はジュリアードの教職にあるので、学術的成果も期待できるが、当方
未見。