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ゲーゼはグリーグやニールセンの師匠で、長くデンマーク楽壇に君臨し、
老害さえもたらしたことが解説書など書かれています。
若書きの交響曲1番を生涯超えられなかったとか、
酷いものには「メンデルスゾーン病」の害悪を弟子達にももたらしたとか。
ラフへの影響も考えれば、それだけ当時はメンデルスゾーン風が格好いいとされていたということでしょう。
ゲーゼの圧力から抜け出すためにグリーグやニールセンが苦労したようです。
当然ながらライネッケとゲーゼは親交があったようです。

グリーグのライバルでもあったスヴェンセンはライネッケの教えも受けていたようで、
保守的な姿勢に反発を感じていたようなエピソードが解説されています。
しかしスヴェンセンの素晴らしい二つの交響曲に、私はライネッケと似たものを感じます。
グリーグがスヴェンセンに感服し、以降交響曲を手がけなくなったと言われる程のものです。
ちなみにグリーグが演奏を禁じていた習作の交響曲は、あまりにもシューマン風でした。

3Rの中で楽壇への影響力は、長命でもあったライネッケが最大ではなかったかと思います。