中学校や高校の音楽の先生と話すと、
「ロシヤのオケ(特に金管)は迫力があるけど、音が汚い。」
という人が意外と多い。それに「カラヤン」を知らない人はまずいないけど、
「ムラヴィンスキー」と言って知ってる人は結構少ない。
日本の専門的な音楽教育を受けた人ほど、そう感じるらしいんだけど、
「あれを音が汚いで終わらせちゃうのか」という物足りなさはいつも残る。

音楽は音楽であって、文学とも哲学とも違うものだけれど、
ただ音楽を芸術の一つとして捉えるとき、
文学や美術、または哲学や科学とも通じる部分が出てくるのは、
聴いているうちに自然と感じるものじゃないかしら。

ムラヴィンの音楽が好きか、カラヤンの音楽が好きかというのは、
確かに価値観の違いだが、しかしどんなものでも、価値そのものには高低がある。
音楽に対して思い入れを語りやすい、持たせやすいというのは、
芸術家の魅力に違いありますまい。