>>967
一応,1962年11月12日,ゴーリキー市でロストロと半分ずつ振り分けた
演奏会が唯一ってことになってるね(ショスタコーヴィッチは祝典序曲と
チェロ協奏曲1番を振ったらしい)。だけど,それ以後「自分は指揮者に
向いてない」とか言ってあきらめてしまった。でも,ポンキン指揮のジャズ
組曲第2番ほかの入ったCDのジャケットには,なんと吹奏楽を指揮する
若き日のショスタコーヴィチの写真が載ってる(工藤サンのサイトで写真が
見られる)。若い頃は何度かやってみたこともあったんだろうね。