クラシック文化を破壊したというならば、器楽(ピアノ)奏者として、 奏法(タッチのコントロール)による音色の多様性、可能性を追求するという大事な使命を忘れて、
速く、大きな音で完璧に?人を驚愕させることに腐心しているピアニスト、教育者、あるいはそういった奏者を支持する聴衆といったことがあげられます。
ピアノ業界もヨーロッパの老舗を含めて、誰が弾いても簡単に平均的な音が出るピアノを作る方向に流れたきらいがあるかもしれません。
浜松などのコンクールで、スタインウエイやベー全ドルファーよりもヤマハやカワイが選ばれるのも、楽器と対話しながら可能性をさぐっているうちに持ち時間が終わってしまったり、
コントロールに気を取られて自爆?するより とりあえず無難に音が出る楽器を選んでしまう傾向があるかもしれません。