今月来月と立て続けに登場している
東フィル機関誌のインタビューで、こんなことを書いていた。

(得意文句の)ぼくがかつて毎年のように客演していた
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団でリストのツィクルスを組んだときに
ナチスの宣伝に使われたという「レ・プレリュード」だけは誰も振りたがらなくて、
なぜかぼくにお鉢が回ってきた。なのでぼくは、戦後初めて東西ドイツで
「レ・プレリュード」を振った指揮者になったんですよ。(大筋でこんな感じ)

ナチス宣伝云々の話は知らないけど、ゲヴァントハウス管弦楽団はかなり早い時期に
マズアとフィリップスからリストの交響詩全集出してなかったか?それより前の話かな。
インタビュー読む限り、74年から75年くらいのことらしいけど。

マズアがゲヴァントハウスのシェフにのし上がったのは、ノイマン帰国後の
72年直後かな。だとしたらありえない話でもないが、なんか信じられん。