コピーは安く入手するためにするわけではない。
私的コピーの自由は、聴取態度の自由の確保のためにある。
(この点、曲が長くて、頭から最後まで通して聴くことが多い
クラファンには、身近ではない感覚かもしれないが)
聴取態度の自由が確保されているという「感覚を持てる」という事は、
ファンタスムの媒介である物質(CD)が、
そのファンタスムを阻害する別種のファンタスムに侵されていない
ということの証左のひとつであり、
また、別の観点では、レコードという商品の生命線のひとつであるはずだ。

それを、あえて壊す録音音楽のコピーガードなど、
文化的にも、商業的にもまずいものでしかない。