その時の音楽性に底の浅さを感じても、可能性や演奏の華、その他の長所があれば、
優勝に納得できてもおかしくないと思うのですが。
まだこれからの人なのだし。
但し、この可能性っていうのが曲者なんですよね。
ピロコ女子もチャイコフスキーコンクールの件でだったかで、
その時の出来というより可能性に着目するようなことを言ってましたが、
その可能性ある人材への拘りが、歪みをもたらしている可能性もある。

いずれにせよ、あの時のユンディ(の演奏)には
優勝が納得できてしまうような輝きはあったと思ってます。
(その輝きのうちの一部にわざとらしさを感じないでもないけどね)