要は、カラヤンの場合、作曲家が誰であろうとカラヤン流儀。
何をやってもカラヤン独自の美的感性で磨き上げられた演奏になる。
指揮者としての能力はやはり抜群であったことは間違いない。
しかし、だからといって誰もがカラヤンを好きになれるかは別問題。
正しいか否かではなく、結局カラヤンぽさが好むか否かに尽きるんじゃないかな。