>フーガの技法について言うなら、
>鍵盤に制限された楽譜を書きながら、
>あえてそれでも楽器を指定しなかったことが、
>すべてを物語っているのでは?

「あえてそれでも」なんていうあたり、
古楽、とくに鍵盤音楽についてよくご存知ないようだね。
楽器指定の書いてない鍵盤音楽はバッハ以前にも多数あるの。
バッハ本人も筆者したフレスコバルディとかね。
フーガの技法と同様に四段で印刷された譜面、見たこと無いかな?

>形而上的な響きのイメージが先に想定されていて、
どんなに楽器を指定したとしても、奏者や合奏団の癖までは指定
できない。したがって、譜面を書いて他人に演奏してもらう時点で、
それらはすべて「想定されたイメージ」なんである。その点は
他のバロック作曲家でも同じであり、バッハは特別ではない。

>作曲を形而上的な行為とした大きな源流
こういうふうにバッハの抽象性を特別視するのは19世紀の学者たちが
流行らせた思い込みによる説なんだよ。