その時既に気付いていたが、「延々と見続ける中で、正しい私の姿を見て欲しい」
という思いが宇宿さんにはあったのだろう。過去、様々な取材を受ける中、言動の
一部だけが強調されて自分ではない人間像を作られたという苦い経験がある。ある
意味では一部を強調したくなる面白さをもっていることも事実である。だからこそ
見続けることでしか言葉にすることのできないものがあるはずだ、と直感的に感じ
続けていたのかもしれない。
確かに、リハーサルのある部分だけを見たら、怒鳴り散らすだけの指揮者に見える
ことを、宇宿さんは悲しんでいた。

これは結構なんだけど、ウヤドさんは、よく出演決まってる人やソリストなど、
癇癪一つで簡単に降ろしていたよ。