モルモットはききたいものを聴けばいいよ。
「現代音楽は死んだ」っていうひとは本人が飽きただけ。

現代の音楽受容に関して理解しておかないといけないことは
スタイルや価値観の多様化だけでなく、聞く側がボーダーレス
になっているということ。江戸時代にはいろんなスタイルの
音楽が日本にはあった。しかし階層ごとにきまった音楽を
やっていたわけで農民は能をしらないし、武士階級は三味線音楽を聞かない。
しかし現代はそれがバラバラになっている。だから
だれかにとって30年前にやり尽くして「死んだ」フリージャズを
モルモットが20年後に「感激し」、40年後、クラシックの大
演奏家がおどろき、10年前にフリージャズオタの大学生が
「飽きる」ということが無数に起きる。これをきちんと
理解しなければならない。

それから死んだ系言説だが、たしかにリニアな芸術観からすれば、
クラの末裔が現音だが、実際には50年ほどのジャンルの枝わかれ
であり、バッハの音楽が死んだのでもなければ、ケージの音楽が
死んだわけでもなんでもない。というわけでリスナーのモルモット
にとって自分にとって未知の音楽を探し、知る喜びが人生にとって
重要なわけでそれがだれかにとっての残骸でもいいわけだ。

ただし創作においてそういう時代をとらえて作品をうみだす
ちからとなる認識はそういう客観的な考え方と別に、創作の
モチベーションとなるわけだからそれが偏向していても
重要のことがある。だからブーレーズに音楽観の欠点があったとしても
、創作の原動力という点に関していれば必要不可欠。