長々と、スレ違いの文章、皆さん、本当に失礼しました。これで最後にしますね。

固定された「音楽の本質」など、「現実」には、無い、ありえない。
当たり前のことだ、今、誰かが、新しい音楽を想像する、それだけで、「本質」は、変わる。
このスレの人達は、言わずともそのことを判っている、ヒョクさんも、それを知っている。
ただ、無限の未来に向かって変容していく「本質」を、「想像」し、「語る」ことは、出来る。
準備も、既存の方法論も、必要無い。知識も要らない。今、この場で語り出せば良い。
このスレの人は皆、そうしている。拙い自分を、それでも現実の中に投げ込んでいる。
それこそが、生きる、と言うことの意味だ。
だからこそ、貴方の言葉で、「音楽」を語ってみよと、僕は問い掛けたのだ。

哲板にいったけれど、「意味が固まる」書き言葉を、それでも書かざるを得なかった
デリダの使う述語を、無反省に使っているような人達とは、語る気がしない。
デリダをよんで、その思考をなぞったならば、デリダを知らないくらいで、無教養だと、
他人を罵るのはやめよう。当のデリダが、それを望んでいる。いや、哲学書の全てが、
今、自分で考えよ、と語りかけてくる。
それを読み取れないなら、イムファンさんは、哲学には向いてないよ。

ヘーゲルを読んだだろう貴方が、個人と、哲学的思索を分けてしまう矛盾。

僕はかって、自分を緩やかな無心論者と言った。
「絶対」は無い、イデアも、無い。今、そのことを夢想し、目の前の現実に自分を投げ入れる、
自分があるだけだ。神はいない。これは、決意だ。

ひきこもりさんは、これからバイトです(高校生なのに、夜間勤務です)。
就職内定しそうです。以上、近況。さよなら。もう来ないね。

じゃ、音楽の話、続けてください。楽しみに、Romってます。