漏れはシューマンもフォーレも好きなんだが、シューマン嫌いフォーレ好きもいるんですな。
一方、シューマン好きフォーレ嫌いはほとんどいなさそう。
「とりたててフォーレ嫌いは余りいないのではないだろうか?」とは吉田秀和の言だが。

ところで、晩年のシューマンというのは一種の孤高の境地で、そこから何かを汲んだ
作曲家というのはほとんど考えられないと思う。ブラームス、チャイコフスキー、グリーグ
あたりへの影響は、初期・中期のシューマンだと思う。新ヴィーン楽派も後期のシューマンというのは
あまり知らないんじゃないかね? 案外リストあたりが後期のシューマンを含めてよく知っていたようだが。

シューマンのヴァイオリンソナタを聴いてチャイコフスキーへの線を感じる、というのは
のはちょっと信じられませんね。