>>500
ご指名があったので。
>>32あたりからの議論で、>>33>>37>>40が俺です。

ちなみに俺は、未完のフーガは鏡像フーガだったのではないかという仮説を立てた。
アグリコラ&CPEの「故人略伝」に「かれの最後の病気は、最後から2番目のフーガを
完成することも、また、4つの主題を持ち曲中でその4声部が一音毎に展開されるはず
であった終結フーガを仕上げることをも阻止した」とある。普通に読めば「最後から
2番目のフーガ」がいわゆる未完のフーガで、そのあと更に「終結フーガ」として一組の
鏡像フーガの作曲が計画されていた、となるわけだが、あえて「最後から2番目の
フーガ=未完のフーガ」を正置形、「終結フーガ」をその鏡像形と見做せないかなと。

全曲の構成からすると、1〜4が単純フーガ、5〜7が(拡大と)反行フーガ、8〜11が
多重フーガ、となっています。そして12以降の鏡像グループにおいて、12は単純フーガの
鏡像版、13は反行フーガの鏡像版と考えることができる。するとやっぱり多重フーガの
鏡像版も欲しいところで、そこに未完フーガとその鏡像形を突っ込むとバランスがいい。
グループごとの曲数も4・3・4・3・4(最後の4はカノン)となり、シンメトリック(対称)配列説
的にも何となくよさそうな感じ。

で、未完フーガを鏡像化した楽譜を起こしてみたことがあるんですが、部分的にどうも
しっくりこない場所があるにはあるけれども、全体的には結構カコイイ曲でした。

小林本p.238の「(未完フーガの自筆譜において)なぜバッハは紙の片面しか用いず、
裏を空白にしておいたのか」という問題も、楽譜を裏返し&ひっくり返して明かりに
かざせば「鏡像」ができるわけで、そうしながら作曲したのではないか、などと思ったりも
しましたが、どっちにしても上で述べたことは全く実証性のないことで単なる想像と言うか
空想です。期待に沿えず申し訳ありません。