>>460
晩年以前
 「第一義的には実践家であり続けた」
晩年
 「理論的なものへ向かう努力が前面に表れている」
 「これらの後期作品は、それ自身、見識の高さと実践性の総合となっている」
全生涯
 「理論家であったことは一度もない」

要するに、前・中期は第一義的には実践を重視していたのに対し、
晩年は実践と理論の総合となった。つまり、特定楽器による演奏=実践を
「第一義的には目指していない」。そして、前段落(p.260)で、こうした特徴を
顕著に示す晩年作品の例として「技法」「カノン」「捧げ物」を挙げている。
よって「技法」は単なる「フーガ技術の理論的教本」でないと同時に
実践を一義的に目指したものではない。

>6声のリチェルカーレのBBについてはなんか見解ある?
パルティータ(BWV825-830)やゴールトベルクにGG、イギリス組曲の
1番3番やフランス風組曲(831)にAAがあるほか、ガンバソナタの伴奏や
チェンバロ協奏曲でもGGがあるので、BBは全く問題ない。
6声リチェルカーレのオルガン演奏は、音域の点からも否定できる。OK?