>そしてその構想は、ラテン語で表記し、歴史的なスコア形式を用いたパラダイムと
>しての作品で、
これも決して「いろんな楽器で弾かれるパラダイム」にはならないわけだし

>レオンハルトの場合自説を強調するあまり、いささか無理な主張を
>かさね(砂上の楼閣)、「フーガの技法」がもつ一面を捨象しようとします。この
>説論の態度が酷い、と思うんですよ。
レオンハルトがしようとしたの(少なくとも今になって読むべきところは)
はフーガの技法の性格決定というよりは使用楽器の問題の解決
(アンサンブルの可能性の排除)だよね。
「いいかたが気に入らない」というのが批判の骨子なら仕方ないんだけど、
レオンハルトの論文の時代と存在意義は考慮すべきだと思う。
クラヴィーア曲であることを強調するあまりこの作品の理論的性格を忘れるな
という指摘は最近になってからはSholenbergとかによってされるようになって
きてる。肝心なのは理論と実用性を兼ね備えたこの作品の性格を見失うなということ。

>>396
>基本的にはクラヴィーア曲だと思っていますよ。
なら特に書くこともないけど・・・
>ペダルにしても適切とは思いませんが、ヴァルヒャなんかはがんばってやっていますよね。
3段譜でレジストレーションも指示されているWalcha版買ってみます?Wolff版よりは安い。
まぁこっちは手元にあるので後でレポートしときましょう。