根拠を上げずに断定する ーこのCDの解説書にあげられているものは、しばしば牽
強付会な理由により断定し他の可能性を排除する、という傾向にある(翻訳のせい
もあるだろう、かなり強引な印象を与える)。
上の合奏の否定や、全般に認められる「響きが不毛だ」とか「貧しい旋律」とか、
単なる主観でしかない場合も多く(晩年のスティレ・アンティーコへの傾斜は全く
視野に入っていない)、それがチェンバロなら問題とはならない、といった点もナ
ンセンス。(レオンハルト解説では「見せかけのポリフォニー」という言葉が使わ
れるが、「対位法のデモンストレーション」にかけて意味をすり替えているとしか
思えない。こうした姑息な手法が目に付きすぎる)

「それぞれの曲にふさわしい楽器編成は、バッハには馴染みのない完璧に時代錯誤
的なものにならざるを得ない」(II-1)ともいうが、バッハ自体が晩年、時代錯誤
の音楽家というレッテルが貼られていた以上、あてはまらないんではないか? こ
れもあまり意味がない断定。 そして続けてまた「特定の楽器の相貌を備えた声部
はひとつとして存在しない。このような楽器法上の無性格性が……」といわれても、
最終的にチェンバロ説を主張する自身の見解とも整合せず当惑するばかり。。。
と前の〈矛盾〉説とループしてるな。

とりあえず、ここまでにしましょう