あらためて読んでみたら、再検討の話は、自己相対化ができないレオ厨氏に対して
いったものなのね ^^;
でもとっといてもしょうがないからみんな遊んでね。

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レオンハルトは、「クラヴィーア様式である」ことの主張としてコントラプンク
トゥス4<85-86>のテノール部を

「バッハにとっては汗顔の至りともいえる音楽的に貧しい旋律。彼は本当に惨め
な声部を演奏者に提供したかったのであろうか」

としている。そして上声部との関連から音が減衰するチェンバロだから可能だと
しているが、誰でも分かるとおり、バスの声部とともに、バッハの曲には普通に
見られる音型。 しかも特に上声部の保続音とバス声部の絡みは鍵盤楽器では組
曲形式のものに頻繁に認められ(フランス組曲で見せた、協奏曲や室内楽の編曲
研究の成果といった方がよい)、アンサンブルの演奏法の鍵盤楽器への応用とし
て用いられたもので、これを想い描いて書き出したものというのが妥当な判断。
(レオンハルトも類例をいくつかあげているが、このほか声楽曲だろうがジャン
ルをこえて普通に見出される。)

目の前にクラヴィーアを利用しながら書き留めているからといって、常にクラ
ヴィーアを想定して作曲している訳ではないことがいえる。

それに加えて、これがクラヴィーア様式であることを示す根拠にはなっておらず、
レオンハルトが続けて「しなやかな響き」であるとか「美しい残響効果」とかい
う点、前後で矛盾する発言になっている。