>>353
>クラヴィーアで「実演可能な形態」

これは楽譜購入(学習)者の為に、単に便宜を図ったという可能性があるのではないか。
頭の中で音楽を展開出来ずすぐクラヴィアに頼る者を、バッハはクラヴィア軽騎兵と
呼び軽蔑していたそうだが、これほど複雑な曲集で脳内展開を強いるのは少し無理が
あると考え、クラヴィア上での実音化の可能性を排除しなかった。

この曲がクラヴィア独奏を想定して作られた作品であるか否かは、
また別次元の問題であるように思われるが?