>>336
「ゆえに」がおかしいのは同意。歴史的錯誤があったのも。
しかしだからと言って、
クラヴィーア以外を「編曲」と言い切るのは理解できない。
四手でないと演奏できない部分の成立経緯にはさまざまな推測が成立し得るからこそ、
現在の楽譜が最終稿ではないかという判断の元、
アンサンブルやクラヴィーア以外の演奏形態があるわけで、
>>337のレオンハルト説=進化論は極論でしかない。

編曲の話はしたくないみたいだが、信憑性の高いリフキン説でなく、
あえて複数合唱を採用するのは編曲にあたるのか?

オーセンティックは概念としては存在するし、存在意味もあるが、
だからといって演奏する際の絶対必要条件ではないはずだ。
そこらへんの勘違いが>>337にはある。
作曲者の想定など、あらゆる場合においてあやふやなものであるから。
とりわけバロックでは。