古楽器派は時代考証を守っているのか?! 続編
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0671名無しの笛の踊り
04/01/08 01:33ID:K4IUB82rつまりピリオドの狙いは、モダンのもつロマン派的既成概念から抜け出すことで
真に自由な音を獲得し、厳密にオーセンティックであることで作曲者の意図をより
鮮明に表現しようとすること、だよね。
真に自由な音とは何かとか、オーセンティックな演奏は本当に作曲者の意図を
よく表現するものなのか、という疑問があるけど、それ以前にピリオドの人達は
中世あたりの演奏をあまりに無味無臭でイノセントなものに考えすぎてる気がする。
当時の演奏する人達にも我々と同じ表現する喜びがあったろうし、彼らなりの歌を込めて
音楽を表現していたのではということ。それは我々の耳からしたら多分表現とも言えない
素朴なものだろうけど、だからといって彼らの表現する意欲がモダンの
演奏家達よりなかったとは言えないと思うんだ。
つまり「当時の音楽を再現」イコール「我々の持つ歌に目をつむりオーセンティックな演奏
を心がける」ようなシンプルな問題じゃないのではということ。
例えば、バッハをノンレガートでノロノロ弾けばグールドの演奏に似るけど
それはグールドの表現したかったものとはかけ離れたものになる、
なぜならグールドの様に本当に感じたもので表現していないから。
それと同様に、ピリオドでごつごつした弾き方で、当時の演奏を想像しながら弾くことは
かえって真実から遠ざかっているかもしれないし、
なにかとても虚しくナンセンスなことに思えるんだよ。
結局、ロマン派的既成概念から抜け出し、文献をたどり権威者の助言を仰ぎ
オリジナルの楽器と思われるもので、オーセンティックに演奏してもそれはピリオドの
人達が音楽をどう考えているのかを表現しただけにすぎず、ある事実らしきものを
提示したにすぎないんだよ。ましてピリオドだからこそ真実を表現できたというものでは
まったくない。いくら事実を集めても真実は語れないんだよ。
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