もひとつ補足。>>635
ピリオドのアプローチは、厳密にオーセンティックであればあるほど、
作曲者の意図を浮き彫りにしていくわけです。
つまり適当に演奏すべく書かれた曲はそれらしく、
思想的背景に基づいて書かれた曲もまたそれらしく。
サヴァールのバロック演奏を聴けば、音楽が前提としてる「自由」を実感できます。
それはモダンの演奏からは聞こえてこない。モダンでは楽器さえ選べないので。
自分だけのバッハなりモーツアルトなりヴェルディなりを
構築しようとベルリンフィルを鼓舞するカラヤンとは、
やはり本質的に異質と言うべきでしょう。