>>125
えっとですね、当時、バルセロナには世界に通用する管弦楽団が
なかったそうなのです。大したレベルではないのが2つ。定期公演すらなし。
で、カザルスがそれぞれの楽団に、レベルを上げるように働きかけ、
共演もするし資金も提供すると話しても、興味を示されず。

じゃ、自分で作っちゃえ、ってことで、“パウ・カザルス管弦楽団”を創設。
自身、まさか指揮者もやろうとはこの時まで考えた事なかったとか。

ただ、チェロの演奏には音色・音域で限界を感じていたそうなので、
指揮者になれば全ての音が手中に収められる事から、音楽家カザルスは
チェロ以外もできて結果的に喜んだようです。