ずれまくりだな。

アシュケナージのスクリャービンを一言で言うと「無脊椎」である。

彼の全集をいくら聴いても、音どうしの連関、和声のつながり、
全体のフォルムを熟考した上でのはっきりした解釈が感じられない。
悪く言えば流れ作業的に、左から右へ楽譜をテキトーに片付けている。
また、癖なのだろうが、上声部か低声部の片方に意識が偏り、
ある声部(上声部であることが多い)を強調するあまり
他方はイイカゲンに流されている。

このようにして弾き散らかされた連関性希薄な音符の群は
目的も方向性も無く波間の藻のように漂っている。
こうして出てきた音楽はきわめて「わかりにくい」のである。