放送解説者としての足跡は言うに及ばず、東海道新幹線さえ開通以前という悪条件下
、北海道から九州に至る100都市にも及ぶ講演旅行をこなしたのが、病魔に倒れる以前
の志鳥氏であったといえよう。
 けだし啓蒙レベルでの業績は不滅のものであり、「・・・とにかくこれほどダイナ
ミックな仕事ぶりをした解説者というのは戦前・戦後を通じて氏の右に出るものはい
ないであろう・・・」というのが、レコ芸65年9月号月評担当者を訪ねてBにおける、
レポーターの志鳥評であるといえよう。
 結論として、健康悪化後、著作中心に方向転換を余儀なくされた同氏の事跡からの
判断のみでは、むしろ真価を見誤る危険ありといえよう。