鈴木氏は、西洋音楽ってもんが、なんで西洋と縁もゆかりもないはずの
僕=日本人の琴線に触れちゃったりするんだろう、あまつさえ産業として
成り立っちゃったりするんだろう?という問いから出発していると思う。
そういう風なリフレクションを全然しないでウットリと音楽に浸っちゃって
いる奴等が多い中、俺は、鈴木のような構えには一応共感する。だが
問題点は幾つかあるように思う。それは

1. 鈴木のようなことを毛ほども考えたことがないのがクラヲタの
  ほとんどなので、馬の耳になんとか、になっちまってる。つまり
  マーケティングがうまくいってないのだが、これは運命か。
  (2chをテーマにした本を書いたのはそのためかもしれないが、
   俺はまだ読んでない。)

2. 「馬の耳」にも届くよう、いろいろと文体模索をやったり、珍演
  奇演を推してみたりと、工夫をするのだが、奇を衒ったような形跡
  がどうしても残ってしまい、貴重な読者も一歩引いてしまう。

3.音楽への愛を表明するのに、まだ羞恥心がある。知的リフレクション
  と、愛の発露を共存させるにはどうしたらいいか? 学者はリフレク
  ションだけやってればいいが、売文屋はそうはいかない。許氏が
  先にいるから、やりにくいだろうが、あれだけが唯一の方法でも
  なかろう。

4.西洋の対概念としての「日本」をあまりに実体化しすぎ。
  資本主義が発達すれば、どのみち勝手に西洋型の文脈ができ
  あがるのだという、もうちょっと醒めた目線を持ったほうが
  いいのでは。でないと、一昔前の東西の邂逅とかなんとかい
  うダサイ議論で終わる危険に陥る。それか西○幹二氏のよう
  になってしまう。(そうなりたいなら別だが。)

以上私見だが、俺はマジメにかいたぞ。ご健闘をいのる。