エリザベート王妃、三位韓国人受賞拒否3
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0697482
03/09/07 13:20ID:???>この前提に立って、私は以前、このような古典音楽の表現の限界内においてなお、
>現代的な感性で、また西洋的な言語表現のオーバーレイに陥らずに、斬新な表現を
>するイムなどの東洋系の若手が却ってラディカルであるように感じられると述べたのです。
>>459
>言語表現のオーバーレイと言う云い方について疑問があるようなので一応レスしときますw。
何度も使ってますがこれは僕の造語ですw、が、オーバーレイは『重ね塗り』のような意味です。
英語のoverlay『上塗りする』(みたいな意味が確かあったはず)の意味そのままですけれどね。
西洋の言語表現に於ける脱構築運動を、そのまま移行させてやっちゃってるような音楽表現のことを
指していったのですw。自己遡及的、無限後退的、回帰運動?みたいなの。
>>673
>また無調性ということを或る意味射程内に定めている
>ようなコンテンポラリーな音楽表現を指して、「言語表現のオーバーレイの様な音楽」と述べたの
>だと一応理解してください。
{1},「言語表現のオーバーレイ」を素直に読むと「言語表現がオーバーレイしている」という
ことだと解釈されます。
{2},ところが、>>459の説明を読むと、「西洋の言語表現に於ける脱構築運動と音楽表現
(における脱構築運動)のオーバーレイ」と言いたいのではないかと推測されます。
{3},してみると、この「オーバーレイ」はイムファンさんが説明したような「重ね塗り」
「上塗り」という意味とは外れているように思えます。(疑問1)
(むしろ、イムファンさんがこの二つの事柄を重ね合わせて見ているのだ、という
ことでは無いかと思われました。)
{4},ところが>>673においてイムファンさんは、まったく違うことを述べています。
「言語表現のオーバーレイの様な音楽」:これでは「言語表現のオーバーレイ」という新たな実態が必要になります。(疑問2)
この2つの疑問を解消していただけますか?
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