肩肘張らずに読める啓蒙媒体としての価値まで否定するのも愚かなことだが、
吉田の評論に含まれるくらいの日本人論等を評論家としての偉業のように
考えるなら、それは絶対的に読書量が足りない。小林よしのりのマンガを
見て、誰も指摘しなかったことを言っている! などと思うのと同類だ。

吉田の評論も、小林のマンガも、表現の鮮烈・流麗という価値は捨てがたいし、
そういう仕事も、思想そのものの開拓と比べてどちらが高尚とかいうことはない
が、そういったものを思想の最前線と考えるようではある種危険だ。

ヤバい新興宗教が勧誘に使う教義というのは、ほとんどが既存の古い宗教や
倫理思想、功利哲学からの陳腐な引用にすぎないのに、そんなものに
「目を開かれた」とか言って、最高学府まで出た人がひょろひょろと付いていくのだ。