「知能低い」と名乗って、中二で「証言」を読んだといい、
人の「証言」の議論を「詰まらない」と切って捨てるあたりは、
スノッブの極みみたいなもんだが、マジレスして欲しいようなのでしてみましょう。

フクシマ某という評論家が、ムラヴィンのチャイコを評して、
「ソ連の器械体操の選手の動きを見ているようで、凄いには違いないが、
人間的な弱さが感じられずに共感できない、チャイコはこんな人間ではなかったのでは」
と書いていて、ふーん、こんな風に受け取る人もいるんだなぁと思った。

確かにムラヴィンの音楽は、マッチョに鍛え上げた哲学者といった趣があって、
特にショスタコのような一面内省的なイメージの強い作曲家の作品の場合、
喉をガッと開いて派手にビブラートをかけた野太い金管の響きを聴いただけで、
違和感を覚える人がいるかもしれない。
少なくともスノッブにとっては、自分とは無縁のセンスと映るだろう。

ショスタコのシンフォニカーな面(5、8、10番等)を一番表現し得ているのは、
やはりムラヴィンスキーだよ。
聴きこめば聴きこむほど、どんな強烈なアタックもフォルテシモも、
ハッタリとは無縁、音符一つ一つに意味があることが分かるはず。
それが分からんというなら、少なくとも人のセンスを云々するな。