<これがカール・リヒターの永眠の真実>

431号室の客の声は、電話からとても微かに聞こえてきた。その声は、ミュンヘンの
ホテル「フィア・ヤーレスツァイテン」のフロントに向かって言った。
「医者を呼んでくれ、気分が良くないんだ。」
10分後には2人の救護員と1人の救急医師が、偉大なバッハ指揮者であるカール・リヒター
の命を取りとめようと格闘していた。酸素吸入も電気ショック療法も使った。ノボカルム注射
ももはや心臓を助けはしなかった。心不全により永眠。(1981年2月17日のミュンヘン
の新聞よりの日本語訳)

注>カール・リヒターの死亡日は1981年2月15日です。
(2月17日ではありません。)